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未来のエンジン:CO2排出量を20%削減する新たな航空機エンジンの計画を発表

トーマス・ケルナー

トラヴィス・ハーパー(Travis Harper)の人生には常に飛行機がありました。彼の実家はイリノイ州シカゴ市南部に位置するミッドウェイ国際空港から2ブロック離れた場所にあり、次から次へとジェット旅客機が着陸する様子を眺めながら育ったからです。「子供の頃から、私は空を飛ぶ乗り物に夢中でした。たくさんの飛行機が離着陸するのを見ながら、自分にも空を飛んで世界中を見て回るチャンスが来ることを想像していました」と彼は言います。

ハーパーの進路を決めるのに役立ったのも、子供の頃から持ち続けていたこの情熱でした。ノースウェスタン大学とオハイオ州立大学で工学の学位を取得後、彼は念願かなってGEアビエーションの開発チームの一員となり、世界最先端の旅客機向けジェットエンジンの設計・製造を行う機会を手にしました。そこでますます空の旅の虜になった彼は、アラブ首長国連邦のドバイに赴任し、エミレーツ航空がGEの技術を活用して進める旅客機の保守整備に携わった後、さらに航空機メーカーであるボーイング社の本拠地シアトルで、運航開始を控えていた大型旅客機の777Xに搭載するGE9Xエンジンの技術者として業務支援も行いました。

このように様々な航空機エンジン開発に携わってきたハーパーですが、彼は今、キャリアの新たな1ページでもあり、空の旅の歴史を書き換えるかもしれない新しい技術に取り組むチームのリーダーを務めています。彼とその仲間たちは、現代の最も高効率なジェットエンジンよりもさらに20%少ない燃料で飛行が可能な上、CO2排出量を20%削減できるエンジンを生み出す可能性のある技術に取り組んでいるのです。

トップ画像:CFM社のオープンローター方式エンジンの設計コンセプト画像。画像提供:CFMインターナショナル。インフォグラフィック提供:GEレポート。

6月14日に合弁企業CFMインターナショナル(CFM International)の親会社であるGEとサフラン・エアクラフト・エンジン社(Safran Aircraft Engines)の両社が発表したCFM RISEプログラムにおいて、ハーパーはプロダクトマネージャーに指名されました。RISEプログラムの掲げるビジョンは、タイトルである「持続可能なエンジンのための革新的なイノベーション(Revolutionary Innovation for Sustainable Engines)」にそのまま表されています。「この技術開発プログラムは、未来をより持続可能なものにするという意欲的な目標を達成するためにGEとサフランが協働するコミットメントを示すものです」とハーパーは語っています。

また、GEとサフラン社は50年近く前に設立した合弁事業であるCFMをさらに2050年まで契約延長することに合意しました。CFMは世界中の600以上のオペレーターに35,000基超のエンジンを納入してきました。同社のエンジンを搭載した航空機は合計で10億時間以上の飛行時間を記録しており、これは飛行距離で表すと地球から冥王星への20往復分に相当します。「少なくとも航空機産業では、CFMは世界で最も成功した合弁事業と言えます」とハーパーは説明します。

意欲的な目標と同時に、ハーパーと同僚たちは大きな課題に直面しています。1980年代初頭にCFMの初期のエンジンが稼働し始めてから、同社の新型エンジンにリプレースすることで、従来型のものに比べ燃料消費量とCO2排出量をそれぞれ40%削減することを実現してきました。ハーパーと彼の率いる世界最高の航空宇宙エンジニアのチームは、これらの性能をさらに20%改善する予定です。これは、これまでに彼らが達成してきた中でも最大の削減幅を意味します。

彼らの意欲的なビジョンが成功するか否かは、エンジンの構造とテクノロジーを飛躍的に進化させることが出来るかどうかにかかっています。しかし、彼らは立ち向かう覚悟です。「私はサフラン社、航空機メーカー、航空会社といったお客様と長年のお付き合いがあります。私たちは協働してビジョンを定め、今後の製品要件を設定し、これから私たちが目の当たりにする新しい空の旅を支える最大のカギとなるエンジンの開発に一層努力していきます。そのエンジンとは、飛躍的な燃焼消費率向上とCO2排出量削減につながることが見込まれ、RISEチームが今後数年間の実証を重ねる予定の「オープンローター」設計コンセプトを採用したエンジンです」とハーパーは述べます。

そのエンジンとは、飛躍的な燃料消費率向上とCO2排出量削減につながることが見込まれ、RISEチームが今後数年間の実証を重ねる予定の「オープンローター」設計コンセプトを採用したエンジンです」とハーパーは述べます。画像提供:CFMインターナショナル。

従来のターボファンエンジンと異なり、この新しいエンジンは構造上前部にあるローターが外装ケースに覆われていないため、「オープン」ローターと呼ばれています。このオープンローターは、推進効率を大幅に向上させることからCO2排出量と燃料消費量の削減に大きく役立ちます。「私たちの最も持続可能なソリューション、つまり最大のメリットをもたらすソリューションには、物理学の見地からもオープンローターに則る構造が必要なのです。チームは他の候補となるアイディアも検証していますが、オープンローターと同水準の燃料消費率とCO2排出量の改善を実現することはできないでしょう」とハーパーは言います。

このエンジンがオープンローターであることは、外観的にも目を引く特徴をもたらします。ローター素材には、三次元に編み上げられ樹脂が注入された特殊な炭素繊維を用いる予定です。軽量で堅牢なこの素材を用いることで、エンジニアたちは直径13フィート(約3.9メートル)の規格外の大径ローターを実現でき、結果的に推進効率とバイパス比が向上します。

この「バイパス比」という用語を覚えておきましょう。バイパス比とは、ローターが創出する推力とローターを駆動するのに必要なエネルギー量との関係を表す非常に重要な数値です。CFMの歴代のエンジンを振り返ると、1980年代の初期のバイパス比5:1から、LEAPエンジンではバイパス比11:1まで向上してきました。それに対し、オープンローターは、70:1を超えるバイパス比を達成できるのです。「エンジンの周りをまわる空気を少しだけ加速させていますが、このことが大量の空気を送り出すことになります」とハーパーは言います。

※バイパス比が大きいほど、亜音速での推進効率が良く、低速時の燃料消費率が下がり、排気騒音も下がる

たいへん興味深いことに、この新世代のオープンローターは、1980年代にGEがNASAと共同で開発し、サフランの支援を受けたかつてのオープンローターの技術が土台になっています。GE36と呼ばれたかつての実験用エンジンは、今回の新世代同様に複合ファンブレードも備えていて、同エンジンを搭載した試験機は1988年のファーンボロー航空ショーに飛来したことさえありました。

ハーパーは、かつてボーイング777X用のGE9Xジェットエンジンの開発にも一翼を担いました。 画像提供:トラヴィス・ハーパー

このGE36エンジンは大幅な燃料節減を実現したものの、そのころには10年間に渡るオイルショックが収束しており、航空燃料の価格も大幅に下落していました。それでも、同エンジンが開発途上で初めてもたらした技術は、その後数十年にわたって航空機開発のパイオニアとなりました。その炭素繊維ブレードは、GEアビエーションのその後の歴代の高バイパス比ジェットエンジン群を生み出し、航空機メーカーがボーイング777やボーイング787ドリームライナーのような4発ではなく、双発エンジンでも十分な推力を得られる高効率な長距離ジェット機を開発するのに役立ちました。1995年以来、ボーイング777のGE90エンジンは、昨年GE9Xにその座を明け渡すまで、世界で最も強力なジェットエンジンと称されてきました。ハーパーは次のように言います。「1980年代にはすでにオープンローターが理論的には優れたアイディアであることは知られていました。ですが当時、エアロダイナミクスと騒音問題を最適化する手法が今ほど進んでいなかったのです。さらに今と違い、当時GE36エンジンの開発に取り組んでいたチームが用いていたメインフレームコンピューターは、一台が家一軒にやっと収まるサイズであったことも理解する必要があります。」

ハーパーは、GEとサフランは「風洞実験の段階からフルパワーのエンジンテストに至るまで、コンピュータによる分析ツールのおかげで信じられないほどの技術進歩を遂げました」と述べています。実際、サフラン社は2018年に自身のオープンローターによる設計コンセプトのテストも行っています。

とはいえ、エンジンをより高効率にする技術手法は、より大きなファンを作ることに限られるわけではありません。別のアプローチには、エンジンのコア部を構成するコンプレッサー、燃焼器、タービンを含め、燃料の持つエネルギーをより効率的な回転運動に変換する部品を開発することも含まれます。

事実、RISEチームは、LEAPエンジンとGE9Xですでにテストされている革新的な素材を用いた開発も行っています。セラミックマトリックス複合材料(Ceramic Matrix Composites、CMC)と呼ばれるこの素材は、重量は鉄の3分の1に過ぎませんが、多くの先進的な金属超合金の融点を超える華氏2,400度(摂氏約1,320度)の高温に耐えることができます。この耐熱性能の向上により、エンジンの熱効率も向上します。GE9Xの開発プログラムを率い、当時ハーパーの上司を務め、今はGEアビエーションを退職した元エンジニアのテッド・イングリング(Ted Ingling)は次のように述べています。「GEの社内研究所であるGEリサーチがCMCの耐熱テクノロジーを開発するのに30年かかりました。その技術は、私の代で初めてLEAPエンジンで日の目を見たのです。LEAPエンジンはCFMの創立以来最速のペースで売れているエンジンで、過去5年で約4,500基が納入されました。このプログラムのおかげで、今では部品を材料から大量生産したり、その特性を利用して新しい部品を生み出すノウハウを手に入れました」。開発中のデモンストレーション用エンジンには、3Dプリンティングで形成した部品ハイブリッドエンジンシステム、高度な熱伝導回路やその他の画期的な技術が活用された部材も組み込まれる予定です。

ハーパーは幼い頃から空飛ぶ乗り物に夢中でした。画像提供:トラヴィス・ハーパー。

さらに、RISEチームは航空機メーカーと航空会社が実際に高度な技術を最大限に活用できるような手法にも取り組んでいます。「航空機メーカーと協働して、エンジンを最適な状態で機体に組付け、エンジンの性能を発揮できるように調整をすることで、最も優れた機体にふさわしい最も優れたエンジンを、あるいはその逆もですが、開発する仕組みを設けています」とハーパーは言います。さらに「私はお客様である航空会社やリース会社と長いお付き合いを重ねてきました。彼らはいずれも、機材の更新計画の最適化を図るとともに、地球にやさしくあり続けるための戦略を練っています。また、共同開発する今後の製品が、短期的かつ2050年以降という長期的にも市場のニーズにどのように対応し、どのように役立つかを把握しようとしています。私たちとお客様との間にはパートナーシップがあり、それは我々の方針が彼らの考えと一致していることに他なりません。つまり、お客様である航空会社やリース会社が必要とする製品が、実際にお客様の要望に沿ったかたちで開発されているか確認し続けることは極めて重要なのです」とハーパーは言います。

ハーパーにとっての初フライトは、底冷えするシカゴから日差しのまぶしいフロリダまで家族と共に旅行したものですが、何世紀も昔のように感じられる出来事です。彼は次のように言います。「私は生涯を通じて、航空機産業がどのように発展し、多様なピースがどのように組み合わされると最適なのかを学んできました。私はいつも、できるだけ速く、できるだけ多くのことを学びたいと思ってきました。そして今も、自分のお手本となる仲間に囲まれています。シカゴ南部の空港のすぐそばの街で、飛行機の離着陸を夢中で見続けていたひとりの男の子に過ぎなかった私が、時を経て、空の旅が今よりもっと持続可能な、何世代にもわたって活用できるような技術となるよう取り組み、開発に携わり続けることができたなんて、夢にも見ていませんでした。」

しかしながら、新しい空の旅にさらなる1ページを加える最高の機会が彼に訪れたのです。

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