
水の力で電気を貯めろ:アルプスの湖が迅速な電力供給を可能にする巨大な蓄電池に
ピーター・C・ベラー
スイスのヴァレー州にある2つの青く透明に輝く湖。山に囲まれ、近くにそびえ立つモン・ブランから澄み切った風が吹き抜けるエモッソン湖と古エモッソン湖は、一見したところ現地に無数にある氷河で出来た湖(タルン)のようですが、第一印象とは裏腹にこれらの湖は8月に試運転を開始した世界で最も独創的な「蓄電池」の一つであるナント・ド・ドランス(Nant de Drance)の中心部分なのです。
このプロジェクトは、水を高い所に汲み上げておくことで電気を水の位置エネルギーとして蓄える揚水式発電所として知られるもので、世界における再生可能エネルギーの導入割合がこれまで以上に増加していることも相まって、その重要性はますます高まっています。再生可能エネルギーは、太陽が照っているときや風が吹いているときだけに利用可能な断続的エネルギー源であるため、化石燃料から完全に置き換わるためには、24時間体制で電力需要を満たしながら送電網のデリケートな需給バランスを維持する必要があります。
そこで「蓄電池」の役割を果たすのがナント・ド・ドランス揚水式発電所です。この発電所では、古エモッソン湖から約1,100フィート(約335m:エッフェル塔の高さは300m)下に位置するエモッソン湖まで導水路で水を落とし、その水力でタービンを回転させて発電を行います。一方、風の強い夏の週末、企業や工場が休業日で送配電網に電力が余っているときには、その電力で上部貯水池に水を汲み上げることで余剰電力を吸収します。汲み上げた水は、週明けに店舗や工場が営業を開始するときまで貯蓄しておくことが可能です。
揚水で湖を蓄電池として活用するというアイデアは19世紀後半まで遡ります。しかし、ナント・ド・ドランスには斬新な工夫が施されており、再生可能エネルギーを送電する上でいかに最新技術が中心的な役割を果たせるかを実証した設備となっています。すべての揚水式発電所では下池に落とす水量を調整することで送電網への発電量を常に制御することが可能ですが、ポンプの出力を調整できない従来型と異なり、ナント・ド・ドランスでは可変速ポンプタービンとモータージェネレーターを駆使して正確な量の電力を供給することが可能です。そのため、現地の風力や太陽光発電所で作られた電力が無駄にならないどころか、その有効利用が実現しています。送電網の効率化に加えて、定速発電機より効率性が高い可変速発電機を使用することで、発電時における位置エネルギーの有効利用や揚水時に消費する電力の削減にも寄与しています。

ナント・ド・ドランス発電所は、揚水と発電運転の双方を頻繁に行うため敏捷性が不可欠で、実際にその性能を備えています。石炭火力発電所の起動時間は4時間以上、コンバインドサイクル・ガスタービンの場合は2~3時間であるのに対し、同発電所のポンプタービンはわずか100秒で900メガワットの発電が可能です。他方、送電網に余剰電力が突然生じた場合にも迅速に対応し、6分で発電運転から古エモッソン貯水池への揚水運転へと切り替えることができます。
「発電所というよりスイッチのようなものです」とGEプロジェクトディレクターを務めるファビエン・シュレル(Fabien Scheurer)は述べます。また、この大規模なアルプスの「蓄電池」は、再生可能エネルギーの断続的な出力変動をなだらかにする強力なツールとなっています。満水の古エモッソン貯水池は約18ギガワットアワーを発電することが可能です。
3月中旬に新型コロナウイルス感染症が欧州で蔓延したことを受け、発電所の完成には予想以上の苦労が伴いました。パンデミック以前、ヨーロッパ中から集まった数百名の作業員は、平日は工事現場に滞在し、週末は国境を超えて帰宅するというのが大半でした(フランスまでは山道を越えてすぐ、イタリアまでも近距離です)。しかし、移動規制が始まれば、いったん帰宅すると隔離の対象となり数週間は仕事に戻れなくなる恐れがあります。「あちこちに戻るよりも、大家族のように全員で現場に残った方が安全だということに皆が気づいたんです」と、シュレルは振り返ります。
作業員は下部ダムのふもとにある町のアパートやホテルを仮住まいとし、平日の夜には家族に電話をしました。一方で、シュレルや他の役員は消毒剤、マスク、その他装備の入手に奮闘しました。総勢130人がコロナ禍をやり過ごすため現場に滞在した期間は10週間に及びました。「ストレスはありましたね。第一号機の稼働に向けたプレッシャーに加えてのことでしたから。でもチーム全員で切り抜けました」とシュレルは言います。「この困難を乗り越えた経験も電力を供給できることも同じぐらい誇りに思っています。」
9月、ナント・ド・ドランス発電所の2基目のポンプタービンが初めて送電網に接続されました。「プロセスは順調に進み、現在の試運転段階におけるさらなる重要な一歩となりました」と、Nant de Drance SA のディレクターを務めるエリック・ウィロウド(Eric Wuilloud)が語ります。8月にはNant de Drance SAおよびGEで合同チームが作成されました。複数の設備を段階的に同期し、並行してテストするという複雑な作業には完璧な整合性を保つ必要があったからです。
「2基が稼働しましたが、チームには全6基の稼働に向けて約1年分の作業が残っています」とシュレルは話します。12年間で21億ドルが投じられるこのプロジェクトの大半は、全長17キロの地下トンネル、全長5キロの地下水路、エッフェル塔の高さを超える揚水用の垂直シャフト等の大規模な土木建設に費やされました。このアルプス山塊の地下には、全長がアメフトの競技場2つ分という洞窟内にある大聖堂のようなタービンチェンバーも建設されました。GEはポンプタービン、モータージェネレーター、インバーター、配管等の発電所設備のほとんどすべてを供給しました。
「ナント・ド・ドランスは、GEにとって重大なプロジェクトです」とGEハイドロソリューション(GE Hydro Solutions)で欧州のゼネラルマネージャーを務めるファーガス・ブレーディ(Fergus Brady)が語ります。「私たちのプロジェクトチームは、コロナウイルスをはじめとする数多くのチャレンジに直面しつつも、プロジェクトを完成させる責務を果たしています。」
「エネルギー市場は、このプロジェクトの長期にわたる建設期間のあいだに再生可能エネルギーの導入やエネルギーの蓄積に対する需要増といった根本的な変化を遂げました」とシュレルは語ります。ナント・ド・ドランス発電所は、80~100年に及ぶ運転によって、その所有者とスイスの消費者に利益をもたしてくれると彼は確信しています。
8月の第一号機の稼働は、シュレルのキャリアにおける最大の功績となりました。
「私はこの仕事を25年やっていますが、これほど短い起動時間で電気を生み出すことができるのは本当に素晴らしいことです。」