
出生前診断‐正しい情報を知ることの意義
晩婚や晩産化が進んだことから胎児の先天異常のリスクが増大し、妊娠中の不安に悩む夫婦が増えている中で、
医療はどうあるべきか。「出生前診断」に取り組んでいるひとりの医師の考えをご紹介します 。
欧米にくらべ家事・育児を担う割合が高いと言われる日本の女性。家庭での食生活や衛生管理を支え、家族の中心となっている日本の女性たちは、家族を優先し、時間的な理由から医療サービス受診を抑制しがちな傾向にあると言われます。そんな女性たちのすこやかな健康を支援するため、GEは「ウィメンズ・ヘルスケア」の推進に取り組んでいます。女性特有の疾患に限らず、不妊や妊娠、出産なども大きく関わる女性医療。なかでも周産期医療は当事者一人ひとりにとって貴重で大切なものと言えます。
近年、晩婚や晩産化が進んだことなどから「胎児の先天異常」のリスクが増大し、妊娠中の不安に悩む夫婦が増えている現実があります。女性の社会進出や活躍が、早期の結婚や出産を阻むものにならないよう、社会のあり方や文化、価値観といったものを見直していかねばなりません。その一方で、こうした悩みに直面する夫婦が多くいる現実のもと、医療はどうあるべきか。ここでは、様々な論のなかの一つの例として、赤ちゃんとその両親のために「出生前診断」に取り組むひとりの医師の取り組み、考えをご紹介します。
晩婚化・晩産化と先天異常のリスク
「出生前診断」という言葉を聞いたことがある方は増えているのではないでしょうか。妊娠中に胎児の病気や先天異常の有無を調べる検査として広く知られているのは、2013年に導入された新型出生前診断NIPT(母親の血液から胎児の染色体数異常を調べる検査)や、その確定診断に用いられる*羊水検査でしょう。羊水検査の実施数は2013年にはじめて2万件を超え、社会の関心も広がっています。こうした背景にあるのが、出産年齢の高齢化。内閣府の資料が示す通り、女性の初婚年齢と出産時の平均年齢はいずれも高くなる傾向にあり、出生数全体に占める高齢妊娠(35歳以上)の割合は、約27%(2013年時点/人口動態統計:厚生労働省)に達しています。
出産する年齢が高くなると、先天異常を持つ子どもが生まれる確率も高くなる傾向があることが分かっており、何らかの染色体数異常を持った子どもが生まれる確率は、母親が20歳のときと比べて、40歳では8倍にも高まります。
しかしながら、先天異常の要因はさまざまで、ダウン症など染色体数の異常によるものは全体の1/4に過ぎません。つまり、残りの3/4は、NIPTなどのスクリーニング検査あるいは絨毛検査・羊水検査だけでは発見できないもので、母親の年齢に関係なく発症するリスクがあります。ここに、超音波検査による画像診断とその他の診断・検査を組み合わせて行うことの意義があるのです。
Value of Knowing:知ることの意義
胎児の状態を正しく知ること。それはわたしたちにとってどのような意味を持つのでしょうか。
出生前診断における画像診断の役割
“胎児診ずして、胎児診断あらず”――日本で初めての胎児診断専門施設「クリフム夫律子(ぷぅ・りつこ)マタニティクリニック臨床胎児医学研究所(以下、クリフム)」を大阪に構える夫律子医師は、胎児を目で見ることの必要性を唱えています。「出生前診断が対象とする先天異常は、多岐にわたります。それらが血液検査だけでわかるのかと言えば、そうではありません」「もちろん、染色体の確定診断は、絨毛検査や羊水検査によるところが大きいと思いますが、先天異常は必ずしも染色体数異常をともなわずに形態に表れてくることも多く、画像で確認することができる超音波画像診断は非常に大きな役割を果たします」
“Fetus First(胎児が一番)”は、夫医師がモットーとして掲げている言葉。そのため同院では、まず胎児の画像を夫婦そろって見ることから診察をはじめるといいます。「モニターに映し出される赤ちゃんを見ると、『ああよかった、赤ちゃん生きてますよね』 とお母さんが言います。赤ちゃんが生きているかどうかさえ、妊娠初期は自分で感じることができない。赤ちゃんを目で見て『ああ、こんなに頑張っているね』と言ってあげられる。それは赤ちゃんが鮮明に見えるからこそ出てくる言葉なんです」
クリフム夫律子マタニティクリニック臨床胎児医学研究所
院長 夫律子(ぷぅ・りつこ)医師
夫医師は、出生前診断における画像診断の役割は大きく二つあると言います。ひとつは医学的な診断の精度を高めること。もうひとつは、親子のボンディング(結びつき・絆)。夫医師は「赤ちゃんの顔、手、動き。こうしたものを目にすることでより身近に感じて、(親としての責任を)自覚する瞬間」と言います。
超音波画像診断技術は、2Dから3D、そして時間経過に沿った動きがわかる4Dへと、より高精細・高機能なものに進化しています。「ほとんどの診断は2Dで行うことができますが、3Dなら、それをいっそう判りやすく客観的に見せることができます。ここにこういう異常があるということがお母さんにもはっきり解り、納得することができます。これはぼやけた画像ではだめですね」と夫医師。
「わたしはよく“Maybe診断”と呼ぶのですが、『~かも知れません』というはっきりしない診断では、患者さんは不安になるんです。そんな不安を抱えた患者さんも、詳細を目で見てはっきりとした診断・病名がついてくると、(やっぱりそうなんだと)落ち込むよりも、泣きながらでもすっきりとした表情になられます。だからといって赤ちゃんの状態が変わるわけではありませんが、わからなかったことが判るということが、お父さんお母さんの非常に大きな『何か』を満たしているんだと感じとれます」。まさに、Value of Knowing(知ることの意義)のひとつのかたちです。
正確な情報があってはじめて、きちんと向き合うことができる
GE REPORTS JAPAN編集部は、夫医師の診断のもと、出産・中絶という異なる決断をした二組のご夫婦にお話を聞きました。同じように双子を授かり、それぞれに非常に難しい状況の中で異なる結果となりました。しかし、状況が全く違っても、そこに共通していたのは「正しく知りたい」という強い思いです。
Aさんご夫婦の場合、当初通っていた病院で受けたおなかの赤ちゃんの診断は水頭症**。双子のひとりが胎内で亡くなったことでもう一人の子の脳に影響が出ているようだ、ということでした。それなら障害が残っても頑張って産んで育てよう、と考えていたものの「どんどん状況が悪くなっている」と聞かされ、しかし医師からは満足のいく情報が得られず徐々に不信感に繋がっていったと言います。ご夫婦にとって、待ちに待ってやっと宿った大切な命。藁にもすがる思いでクリフムを受診したところ、判ったのはさらに深刻な結果。「双子のうち存命だった子は、脳の組織が破壊されて、脳がほとんどなくなっている状態だということでした。それは水頭症というようなレベルとは全く違う話。ただただショックで、その場で泣き崩れました」。「たとえ生まれることができたとしても、壮絶な人生が待っている」-その現実に、ご夫婦は断腸の思いで中絶を決断します。ご主人は「でも、ちゃんとしたことを聞けてよかったと思ったのも確か。現実は、いままで他院で聞いていたこととは違った。しかしそれが正確なことだし、はっきりと目で見られ説明を聞けてよかったというのがそのときの気持ちです」と振り返ります。Aさんご夫婦は、当初受けた「水頭症」という診断について、インターネットでさまざまな情報を集めたと言います。しかし「最初の出発点が間違っていれば、その後どんどん必要のない情報ばかりを集めてしまいます。その結果に基づいて誤った決断を下してしまったら一生取り返しがつきません」
Bさんご夫妻も双子で、他の病院でTTTS(双胎間輸血症候群)***の疑いがあると診断され、クリフムを受診しました。夫医師と話して、それまでの葛藤が解消されたように感じたと言います。「肩の力が抜けたのは、産むのが当たり前ではなく、選択していいとわかったから。それまでは選ぶことは親のエゴだ、というように感じていたからです。義務を押しつけられるのではなく、自分の意思で選択できる、ということが理解できたんです」。診断の結果TTTSではないことがわかり、妊娠を継続することを決めましたが、状況は決して楽観できるものではありませんでした。「ふたりとも亡くなる」「ひとりが亡くなって、生まれた子に障害が残る」「ひとりが障害を持ち、もうひとりの健常な子とともに育てていく」など、いくつかの可能性があり、そのどれもが明るいものではなかったのです。産むと決めたのは、まさにあらゆるマイナスの可能性を考えて、悩み抜いた末のことでした。その後、双子のうちひとりは残念ながら亡くなってしまいました。しかし、もうひとりのお子さんは無事に生まれ、元気に成長しています。
Bさんご夫妻は、診断用画像を見て、赤ちゃんの存在を強く実感できたと言います。「カラーで、3D、 4Dで見られる。見えることで、確かに子供がいるんだということを、胎動がなくても感じられたんです」。「白黒のエコーだと顔の表情がわからない。鮮明な画像を見て、ああ、ちゃんといるなぁ、と分かりました」とご主人。ご夫妻は、どのような決断であっても胎児の画像を見て決めるべきと言います。「仮に産まないという決断をしたとしても、親子としての人間関係をそれではじめて考えられるんじゃないかと思うんです」。ご主人は当時の気持ちを「お腹の中に来た段階で、自分たちの子供です。私の場合は、産む・産まないの選択ではなく、お腹の中の子供に何が起こっているか、自分たちに何ができるかを知りたかった」と明かしてくれました。
超音波診断装置で見た 妊娠9週、体長2.4センチの胎児の様子
出生前診断はゴールではなく、はじまり
鮮明な画像で胎児の状態がはっきりとわかるようになること、はっきりとした診断がつくことは、はじまりに過ぎません。「正確な状態を把握できると、その次は、それは治るのか治らないのか、産まれてきたらどうなるのか・・・というように考えるべきことが絞られてきます」と夫医師。「クリフムでは、状態に応じて、脳や心臓など専門医にカウンセリングや治療を行ってもらえるようコーディネートしています。その前にきちんとした診断がついていなければ、どこにどう繋げばよいかもわかりません。的確な診断がつけば、次はどこへ行ったら治療できるのか、という話になります。医師にも専門領域があり、どこでも治るというわけではありません。妊娠中だけでなく出産後のことも含め、そうしたコーディネートをしっかりするのが、当院の役割と考えています」
そして、診断のその先には、心のケア、「寄り添う医療」の大切さがあります。今回の二組のご夫婦も繰り返し語っていたのが、配偶者や親、子供など家族に加えて医師の支え。Aさんご夫妻の場合、中絶という厳しい選択が影響し、奥さんは2年間ほど自宅に引きこもるような状態が続きました。そこでは、夫医師が心の支えになったと言います。「長い間、立ち直れないでいた私は、周囲から『世の中にはもっとつらい思いしている人もいる』とか、『いい加減早く立ち直りなさい』と言われました。身近な人でさえ、わかってはくれない。夫先生は一番よくわかってくれました。1年以上たってもメールで相談に乗っていただくなど、先生の存在自体が私の支えでした」。ご主人も「わたしたちは、機械と話をしたいわけじゃないんです。機械の使い手が寄り添ってくれる人でなければ、それはただの情報に過ぎない」と言います。
「人の人生というのは、その人だけのもの。その人にとってみれば、どんなことであってもそれは一大事なんです」と、患者さんひとりひとりに寄り添うことの大切さを夫医師は強調します。
国連の国際人口開発会議では、Reproductive Health Rights(性と生殖に関する健康と権利)という考え方が示され、妊娠・出産・避妊などについて女性自らが決定権をもつというのが世界的なコンセンサスになっています。決断は自由意志に委ねられているとはいえ、それは決して簡単ではなく「こうだったらこう」と安易に類型化できるものでもありません。出生前診断を受けるか受けないか、診断結果を受けてどのように決断するか、は赤ちゃんの両親次第。しかし、その選択の前提であり出発点になるのは「より的確な情報・診断」であることは、おそらく間違いありません。それが早期であればあるほど、話し合ったり心構えを整えたりする時間を充てられ、より“自分たちらしい決断“にたどり着く助けとなるでしょう。GEは医療機器を提供するヘルスケアカンパニーとして、より早期に、より鮮明に状態を知ることができるテクノロジーの開発に取り組んでいきます。
*確定診断:出生前診断は、「非確定診断」と「確定診断」に分類される。「非確定診断」は非侵襲で流産のリスクはないが診断を確定するものではなく、超音波スクリーニング、新型出生前診断(NIPT)、母体血清マーカー検査などがあげられる。「確定診断」は侵襲的検査で流産リスクをともなうが、診断を確定することができ、染色体検査(絨毛検査・羊水検査)がある。非確定診断で染色体異常のリスクが高いとされた場合、確定診断を行う流れになる。
**水頭症:脳脊髄液が脳室内にたまることにより、脳が圧迫されることで、脳機能に影響を与える病気。個人差はあるが、産後の脳外科的治療により、普通の生活が送れるようなケースもある。
***TTTS:胎盤を共有する一絨毛双胎は胎盤内で両児の血管が繋がっていることが多いため、血流のバランスが崩れたときに発症する特殊な病気。血液を余分に受けている方の胎児は全身が浮腫み、心不全や胎児水腫を引き起こし羊水過多となる。一方、血液を送り出す側の胎児は発育不全で小さくなり、貧血となり尿量が減るため羊水過少となる。どちらの胎児も状態が悪くなる性質をもつ病気で、無治療では胎児の救命が困難あるいは予後不良となる場合がある。