
NECのサプライチェーン担当役員が語る「デジタル・トランスフォーメーション」の本質
NECとGEは昨年、IoT分野における包括的な提携を締結しました。NECは今後、GEのパートナーとして産業向けIoTプラットフォーム「Predix」を国内外の顧客企業へ提供することを決め、まず自社でPredixを導入しています。具体的に言うと、グローバルサプライチェーンの革新にPredixを活用し、NEC自身のデジタル・トランスフォーメーションに取り組んでいます。このプロジェクトに関わるキーパーソンが一様に口にするのが「これは、改善ではなく改革だ」ということ。――NECが見出したデジタル・トランスフォーメーションの本質とは?
IoT投資のポイントを見極める
NECが自社のIoT投資対象として狙いをつけたのは、サプライチェーン改革。Predixを用いて、まずはBtoB領域の主力製品のひとつ、PASOLINK(超小型マイクロ波無線通信システム)の海外における物流や工事オペレーションなどの最適化に取り組んでいます。生産現場はすでに成熟したオペレーション・マネジメントが定着していますが、製品の出荷後の海外におけるオペレーションは外的要因による影響も相まって複雑さを極め、コスト上昇やCS(顧客満足)にも悪影響を及ぼすことが度々起こってきました。この領域にはIoT投資に見合うアウトカム(成果)が期待できると見込んだのです。
最終的に顧客に選ばれなければ、ビジネスプロセスの各過程での努力も、水の泡というもの。NECにおいて『CS(顧客満足)・品質経営』の実現を責務とし、サプライチェーンを統括する大嶽充弘常務は「仕事の成果はCSで測られるべき」と話します。教科書的に言えば、メーカーにおけるサプライチェーンとは、調達・生産・物流。しかしBtoB事業におけるサプライチェーンの責任はさらに広いと考える大嶽氏は、「製品をつくってインドやインドネシアに出荷したら、工事サイドでトラブルが発生、工事が数週間遅延する、なんていうことも起きるわけです」と説明します。「われわれが製品やシステムを納入した日はお客様にとっての運用初日。その後、5年、10年に及ぶ運用フェーズはここから始まります。とすれば、サプライチェーンの責任は、お客さまに提供する製品・サービスがエンドオブライフになるまで、ずっと続いていきます」
「クオリティ=品質と訳されますよね。でも、その”品”は製品だけを意味するのではなく、提供する側の品格をも含んでいると思います。よく、納期・機能・コストは、品質と対立すると考えられがちですが、これらを総合したものがクオリティであり、それがCSを支える極めて重要なポイントになります」と話す大嶽氏。今回のIoT投資の目的は、デジタル・ツール活用によって得られるオペレーションの効率化やコスト削減の成果を、顧客満足に繋げていくことにあります。
大嶽 充弘 氏
日本電気株式会社 執行役員常務 サプライチェーン統括ユニット担当
Predixを用いたNECのサプライチェーン改革
NECの無線通信システムPASOLINKは、世界150カ国に提供されています。成長期には、年間1,000億円を超えるビジネスに発展。各国でプロジェクトを展開するなかでは現地メンバーが工事の仕方をそれぞれに工夫し、個別最適のプロセスが定着しました。事業が成熟期に入った今、同社は、さらなる効率化を狙って、各地の“いいとこ取り“をした全体最適を図ろうとしています。同社トランスポートソリューション事業部エグゼクティブエキスパートの福本大蔵氏は「例えばインドなら、工事サイト数は年間約1万。これに関わる要員は、委託先も入れると約1,000人以上。工事のスケジューリング、スタッフの割り当て、工事チームの派遣などの効率的マネジメントは長年の大きな課題でした」と言います。頼んだ部品が届かない、自然災害で橋が落ちて工事業者が現場に行けないーー。突発的な理由で頻繁に組み替えざるを得ない工事スケジュールを、スプレッドシートで管理していました。「想定外の事態に対応するのにコストがかかるうえ、工事品質を保つのも容易ではない。これをPredixで解決したかったのです」と福本氏。工事の進捗管理、品質管理、コスト改善を三大ターゲットに、アプリ開発を進めています。GEとNECとが知見を持ち寄って構築したこのシステムは、今後NECの他の現地法人や他の事業にも展開するだけでなく、NECの顧客企業にも提供することを前提に開発したものです。
画像2点:インドにおける、無線通信システムPASOLINKの設置風景
(写真提供:NEC)
プロジェクトでは、工事業務のあらゆるプロセスの状況を“見える化”しています。可視化される情報がリアルタイムに近ければ近いほど、素早い対応を講じることが出来、スケジュール遅延を防ぐことができます。また、データ化することによりノウハウやプロセスを共有して横展開することも可能になります。
Predixの導入を決めて以来、GEデジタルのソリューション・アーキテクト、データ・サイエンティストやカスタマー・サクセス・マネージャーなどから編成されたチームとNECの現場担当者たちとで討議を重ね、NECとその顧客にとってのアウトカムを導くための設計を進めてきました。この秋には、アプリのMVP(Minimum Viable Products:いわゆるベータ版)の運用を開始する計画です。
Predixを用いたPASOLINKのサプライチェーン最適化プロジェクトメンバー
この、NEC(中央2名)とGEデジタル(両脇)のメンバーはPredixアプリの仕様について議論した
中央左:福本大蔵 氏|日本電気 トランスポートソリューション事業部 エグゼクティブエキスパート
中央右:右:執行可愛 氏|日本電気 ものづくり統括本部
改善では済まさない。これは、改革なのだ
プライドをもってやってきた仕事のやり方を、さぁ変えるぞと言われれば、誰でも少なからず抵抗感を覚えるもの。「今回はまずインドとインドネシアのオペレーション改革に着手しましたが、現地メンバーの賛同を得ることだって、簡単ではありません。過去のしがらみがない外部の立場からGEにファシリテートしてもらったことが良かった。実際、GEのソリューション・アーキテクトがインドに出向いて、オペレーション責任者達にその意義を説明してくれました。GEのアグレッシブでスピードを重視する文化に触れ、モチベーションが高揚しています」と福本氏。
最近注目される、チェンジ・マネジメントという経営手法。仕事の進め方、働く人のマインドを変革して、ビジネスを成功に導こうとするこの手法にニーズが集まるのは、企業が硬直化・サイロ化し、制度疲労を起こしていることの表れかもしれません。「NECも例外ではない」、常務の大嶽氏はそう言います。
「日本は、幕末にやってきた黒船を契機に大きく変わった。この時のように、NECが変革を成し遂げるために、異なるカルチャーを持つGEの力を活用することができないかと考えたのです」と大嶽氏。「明治政府が黒船の影響を受けながらも、自分たちで変革を成し遂げたように、最終的に改革を進めるのは我々自身。NECが自ら変革のシナリオを描き、GEの経験や支援を借りて、成し遂げる。GEが変革の振り子を大きく振ってくれた。今度は、我々の力で振り返す番だ」と強調します。
改善で済むのか改革まで踏み込むのか。「改善で済むのなら、各地域でやってきたことをモディファイすればいい。しかし、ダントツの価値をお客さまに提供し続けていくために、腹を据えて改革に踏み込みたい」。大嶽氏は力を込めます。今後にわたりNECが社会ソリューション事業をグローバルに展開するうえでは、製品だけでなく、調達、工事など様々なプロセスが、数限りないバリエーションで生まれていきます。「それを包括的に支えるITインフラは必ず必要になる。今、PASOLINKのサプライチェーン改革に取り組んでいる経験を、全社的に横断展開する時がやってくる」。大嶽氏の視線は、これからのNECの進むべき道を見据えています。
「経営への全員参加」を可能にしてくれるーーそれがIoT
デジタル化の一番の価値は「事実を正しく知ることができること」だと語る大嶽氏。組織は部下から上司への報告で成り立っており、上司や役員のレビューの際にはキレイに取り繕って体のよい報告をする・・・なんてことは、どこにでもある話。数値化できないものは現場の感覚で語られ、それを信じてものごとが進められています。しかし、事実を正しく客観的に把握できるようになると、現場では課題を特定して解決策に更に近づくことが出来、経営層は現場に実効性ある示唆や支援を与えることが可能になる。経営層と現場とが同一認識のもと会社をよくするための建設的な議論を持てるようになります。「CS・品質経営を実現するうえでも、経営と現場の一体感は欠かせない。デジタル化は、それを可能にしてくれるのです」と大嶽氏は言います。
まだ道半ばではあるが、と前置きしたうえで大嶽氏はデジタル・トランスフォーメーションの成功のための秘訣は次の3つだと考えていると言います。「一つ目は、事実を数字で理解すること。二つ目は、課題を共有し、変化のための行動を起こすこと。三つ目は、変化を一時的なものに留めないために、経営から現場まであらゆる層における行動を評価すること」。
デジタル・トランスフォーメーションを成功させられるか否かは、人と組織のあり方にかかっている。それは、GEも自らのデジタル・トランスフォーメーションの実践を通して見出したこと。戦略的に経営を改革しようというときには、カルチャーの変革も必要なのです。いま、痛みを感じながらじりじりと変革を進めている日本の巨人、NEC。自らの実体験を通して得つつある“日本企業ならではの経験則”は、同社がGEデジタルのパートナーとして進めるPredixを使った日本企業のデジタル化支援のベースになっていきます。