
「すべてはQCSEEから始まった」:日の目をみる革新的なエンジン
クリスティン・ギブソン
1950年代に幕を開けたジェット機時代は「グローバル・ビレッジ(地球全体がひとつの村のようになる)」という概念を生み出しました。当時、ジェットエンジンが軍用戦闘機から民間旅客機向けに一気に広まると、民間旅客サービスはより遠く、より速く人々を運ぶことができるようになりました。そして、航空運賃は下がり、航空券の売り上げは4倍になり、1972年にはアメリカ人のほぼ半数が飛行機で移動するようになったのです。
しかし、より多くの人々が空を飛ぶことは、より多くの厄介な問題を引き起こしていました。その中には、滑走路の過密状態や騒音を軽減するという課題があり、業界のリーダーたちは、主要ターミナル空港を国際線や大陸横断路線へ解放するために、人口が少ない地域にある小さな飛行場でも離着陸が可能かつ低騒音の短距離ジェット機を構想しました。その一環として1974年、NASAは増大する短距離輸送の需要に対応できるエンジンの設計およびテストの契約をGEと締結しました。その結果、一連の画期的なテクノロジーを集結したQCSEE(Quiet Clean Short-Haul Experimental Engine)が誕生しました。そのテクノロジーはすぐに生産に移されたものもある一方で、時代のはるか先を行くテクノロジーも含まれていました。
GE初の旅客機技術実証プログラムの1つであったQCSEEは、より燃料消費効率が優れたフライトを約束するものでした。この契約の一環として、GEは主翼上面エンジン配置(over-the-wing)ユニットおよび翼下エンジン配置(under-the-wing)派生ユニットの2種類の実験用エンジンを試作しました。時が移ってことしの秋、GEはQCSEEを保管庫から出し、展示することにしました。9月21日以降、オハイオ州エベンデールにあるGE Aerospaceラーニングセンターの見学者は「現代の旅客機用製品ポートフォリオの基礎を編み出した」エンジンの実物を直接見ることができる、とチーフ・エンジニアのクリス・ロレンスは話しています。
9月21日にGE Aerospace本社で行われた今回の展示のテープカットの際の一コマ:左から、NASAのグレン研究センター航空宇宙部門ディレクターのティム・マッカートニー氏、QCSEEプログラムに携わったGE AerospaceのエンジニアリングリーダーOBのジャン・シリング、そしてGE Aerospaceのエンジニアリング担当バイスプレジデントのモハメド・アリ。本記事中のすべての画像提供: GE Aerospace
実証実験用エンジンは商業生産を目的としていないため、設計者はリスクを考慮せずにアイデアを探求することができます。QCSEEプログラムでも、GEのエンジニアらは大胆なアイデアにチャレンジしました。騒音を抑えるために、彼らは従来のジェットエンジンの設計を徹底的に見直したのです。その結果、エンジンの騒音低減を目指す技術の多くはエンジンの高効率化にもつながることが検証できました。
「航空機のジェットエンジンは、少量の空気を一気に加速させるか、大量の空気をゆっくり加速させるか、そのどちらかの方法で推力を発生させることができます」と説明するのは、GEの最新実証プログラム「RISE」のリード・エンジニアを務めるデイヴィッド・オストディークです。このプログラムは、GE及びGE Aerospaceとサフラン・エアクラフト・エンジンが50:50で共同出資している合弁会社CFMインターナショナルが開発しています。20世紀半ばの旅客機が一般的に搭載していた「ターボジェット」エンジンは、前者の仕組みを利用しています。つまり、エンジンが吸い込んだ空気のほとんどがエンジンコアを通して流れ、そこで圧縮され、燃料と混合され、点火されます。そして、細い流れとなった超高速排気が噴出され、飛行機を推進させるのです。
1978年にGEとNASAが開発したQCSEEエンジン
ターボジェットエンジンは初期のジェット機時代の高速飛行を可能にしました。しかし、燃料を大量に消費し高速排気を噴出することから、航空機から出る騒音の大部分はエンジンに由来していました。そこで、QCSEEのエンジニアたちはより静かなエンジンを求めて、GEが1950年代から60年代にかけて何度か実用化を試みた「ターボファン」というコンセプトを再検討しました。ターボファンエンジンは、推力を発生させる第二の方法、つまり大きな空気の塊を少し加速させる方法に基づき、気流の大部分がコアを通るのではなく、コアの周囲から噴出する仕組みです。ファンによって圧縮された空気は、エンジンの後部から排出される際にも推力を生成します。コアの周囲を迂回する空気とコアを通る空気、それぞれの空気流の質量比をバイパス比と呼びます。総排気流速度が低く抑えられるため、高バイパス比型エンジンは騒音を抑えやすくなります。また、コアを通過する空気が少なくなると燃料の燃焼も少なくなるため、燃料消費効率も向上します。
QCSEEエンジンは、ファンの回転数を減速させるためのギアボックスを搭載していました。また、当時としては前例のない11:1の超高バイパス比エンジンとして開発されました。このバイパス比が意味するのは燃焼室を通過する空気1単位に対して11単位がエンジン外周部をバイパスするということです。QCSEEに関しロレンスは次のように説明します。「QCSEEは、高バイパス比を実現することでより高効率なエンジンを開発できることを世界に証明したのです。今日、すべての旅客機用エンジンは、より高いバイパス比を目指しています。」GEはQCSEEで得られた学びを活かし、CFM56、GE90、GEnx、CFM LEAPなど、さらに優れた効率を達成した高バイパス比旅客機用エンジンを次々と開発しました。
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【QCSEEにより開発が加速した5つの主要テクノロジー】
GEがQCSEE向けに開発した技術は、その後50年間のエンジン設計の基礎を築きました。現在もイノベーションを導いているこのプログラムから得た5つの学びを紹介します。
<低圧、高バイパス比ファン>エンジンコアを通過するのではなく、より多くの空気をエンジンコアの周囲に誘導することで、燃料の大幅な節約につなげます。
<複合材料>ファンブレード、フレーム、外装ケースに軽量ポリマー部品を使用し、軽量化を実現します。
<可変ピッチ技術>エンジンのファンブレードが回転中にもピッチを制御できると、パイロットは飛行中に速度が変わっても揚力と推力のバランスをとることが容易になります。
<FADEC/デジタル制御>ますます多様化するエンジンシステムをパイロットが操作しやすいように電子制御によって支援する技術です。
注:FADEC(Full Authority Digital Engine Control)コンピュータによってエンジンを制御する技術
<音響処理技術>高バイパスエンジンは、同推力クラスの他エンジンよりも静かではあるものの、有孔処理済みの内壁や外壁、吸音パネル、低速回転ファンブレードなども、エンジン騒音を抑えるのに役立ちます。
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もちろん、より大きな空気の塊を押し込むには、よりサイズの大きいファンを必要とし、さらに厚いハブや、その両者を収容するためのより大きな外装ケースも必要です。とりわけそれらが金属製である場合、各コンポーネントが飛行機の重量増を招くことになります。そこでエンジニアらは軽量化のため、ファンブレード、フレーム、外装ケースにはグラファイトとケブラーのコンポーネントを、ファンのインナーダクトにはグラファイトポリマー樹脂を用い、テストしました。「これらの複合材料が高効率を可能にする重要な要素でした」とオストディークは説明します。その約20年後、GE90は複合材製ファンブレードを採用した初めての民間航空機用ジェットエンジンとして認証されました。軽量化だけでなく、複合材料を用いたことはGEnxエンジンの燃料効率を、前世代のCF6に比べて最大15%向上させることにも役立ちました。
さらに重量を削減するため、QCSEEチームは可変ピッチのファンブレードをいち早く採用することにしました。翼下(under-the-wing)エンジン配置モデルでは、各ブレードがハブのスロット内でピルエットし、異なる角度で流入する空気にも対向できるため、パイロットは対気速度の変化に応じて揚力と推力のバランスを最適化することができます。ブレードは180度回転してエンジンの前方から空気を噴出することも可能で、着陸後の減速を補助する従来の推力逆噴射システムが不要になります。この技術はまだ量産モデルには採用されていませんが、可変ピッチはRISEプログラムのオープンローター・アーキテクチャの鍵となるコンポーネントになっています。
パイロットがブレードのピッチ、ファン速度、推力といった、相互に絡み合った変数を制御しやすくするために、QCSEEチームは従来の油圧レバーから、安全限界内で動作を維持するデジタル制御システムに置き換えることにしました。数年後、GEは旅客機用エンジンにデジタルコントローラーを導入しました。そして、Passport、GEnx、CFM LEAP、および GE9XエンジンなどのGEの最新世代の製品にはFADECが搭載されています。「現代のエンジンは、電子機器がすべてのシステムを制御しています。それはすべて、QCSEEで実証したことから始まりました」とロレンスは説明します。
1970年代にQCSEEプログラムで最初にテストされた複合材製ファンブレードはさらに改良を重ね、旅客機用エンジンGE90で商用運航に用いられるようになりました。
1978年にQCSEEプログラムそのものは終了しましたが、そのイノベーションの数々はその後も50年近くにわたるGEエンジンの中で生き続けています。GEは、RISEプログラムがその足跡をたどり、よりサステナブルな次世代テクノロジーを生み出すと考えています。ロレンスは次のように語ります。「RISEはQCSEEで実証したすべての技術の集大成です。その成果は、たとえばギアボックス、複合材製ファンブレード、デジタル電子制御、可変ピッチの採用によって実現した高バイパス比エンジンなどに現れています。その上、それ以降の学びもすべて積み重ねられています。だからこそ、RISEプログラムは効率性において今後も業界のリーダーとなるのです。」
より進化したエンジンが次々と市場に投入される中、数々の「初めて」を成し遂げてきた企業においてQCSEEはその存在を忘れられかけていました。しかし、ことしの秋、ラーニングセンターではその成果にふさわしい注目が遂に集まることになります。ロレンスは次のように語ります。「今回の展示は、私たちがどのように未来を切り拓くかを考えるとともに、私たちを今日の地位に導いてくれた先人を想い、感謝の意を表す機会ともなっています。」