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Ghost in the Machine(機械の中の幽霊):電流戦争で負けたエジソンの技術がいま必要とされる理由

トーマス・ケルナー

1893年のシカゴ万国博覧会は、シカゴに「ホワイト・シティ」というニックネームをもたらしました。万博に向けて初めて設置された電灯約10万個の光で、同市のクラシカルな白い建物の街並みが宵闇に浮かび上がったことに由来します。しかし、その明るさはまばゆいばかりに輝く一方、当時すでに突出した著名人だったトーマス・エジソン(Thomas Edison)に暗い影を落とすことにつながりました。著名な発明家でありGEの創設者でもある彼は、博覧会開催都市に電力を供給する事業体として入札していたものの、博覧会の主催者がエジソンの直流送電システムではなく、ウェスティングハウス社(Westinghouse)の交流システムを選定したことから、彼はジョージ・ウェスティングハウス(George Westinghouse)との「電流戦争(the war of currents)※」の敗者となりました。

※電流戦争:電力供給の実用化に際し、直流電流(DC)と交流電流(AC)のどちらが優位かを争った。

ただ、いかにもエジソンらしく、彼はその後すぐに窮地を脱する方策を見出しました。ちょうどその頃、エジソンはJ.P.モルガンからの要請で、自身のエジソン・エレクトリック社(Edison Electric Company)とトムソン&ヒューストン社(Thomson & Houston Co.)を合併し、ゼネラル・エレクトリック社(The General Electric Company)を設立していました。そして、GEはすぐに行動を開始しました。トムソン&ヒューストン社がしまい込んでいた交流送電技術を活用して、カリフォルニア州のフォルサム(Folsom)水力発電所からサクラメントまでの22マイル(約35km)ほどを結ぶ、米国初の長距離高圧交流送電網の建設プロジェクトに入札したのです。シカゴの博覧会からわずか2年後の1895年に完成したこの送電網は、カリフォルニア州議会議事堂やバッファロー・ブルーイング・カンパニー(Buffalo Brewing Company)、その他の事業会社なども含め州都サクラメント全域に電力を供給する態勢を整えていました。1895年7月14日当時のサクラメント・サンデー・ニュース紙(Sacramento Sunday News)は「フォルサム発電所の電力到来。前日の早朝から通電が開始され、100丁の銃による祝砲が鳴り響いた。今朝7時からこの新しい電力を利用して、地元の路面電車全車両が運行予定」と歓喜の様子を報じたのです。

ニューヨーク州スケネクタディのイノベーションと科学の博物館(miSci:Museum of Innovation and Science in Schenectady)の歴史学者クリス・ハンター氏(Chris Hunter)は次のように語ります。「エジソン社とトムソン・ヒューストン社が合併したのは、交流電流への切り替えが理由の一つでした。エリフ・トムソン(Elihu Thomson)は、二コラ・テスラ(Nikola Tesla)やジョージ・ウェスティングハウスが着想すらしていない時からすでに交流電流を研究していたのですが、電力実用化の初期段階では直流の方が多くの面で適していたため、トムソンは交流電流の研究をいったん後回しにし、再度研究し直していたのです。」

フォルサム発電所の降圧変圧器と1万ボルト配電盤。GEは1世紀以上にわたって電力関連機器を製造し米国の電力供給に貢献してきました。トップ画像および上部画像提供:ニューヨーク州スケネクタディのイノベーションと科学の博物館(miSci:Museum of Innovation and Science Schenectady)。

フォルサムの送電網と発電所(ニューヨーク州スケネクタディで製造された750KWのGE製発電機4基を含む)は当時のエジソンにとっては小さな勝利に過ぎなかったかもしれませんが、現在でも大きな影響力をもっています。この発電所が60ヘルツの三相電力を送出してきたことで、60ヘルツという周波数は現在も北米、南米の一部、日本、韓国及びその他の地域で標準となっています。(なお、この周波数があることが、累計運転時間記録を更新中のGE製HAガスタービンに欧州向けの50ヘルツ用である9HAと、米国等向けの60ヘルツ用である7HAの2種類を用意している理由の一つにもなっています)。

さらに、米国電気電子学会(The Institute of Electrical and Electronics Engineers:IEEE) が発行するSpectrum誌によると「高電圧により、当時GEの送電部門のチーフエンジニアを務めていたルイス・ベル(Louis Bell)が開発したシステムに送電することができた」とされています。最初の送電から126周年を迎えたことを記念し、IEEEは2021年7月13日、今も残されているフォルサム発電所に記念のプレートを設置し、マイルストーンの一つとして讃えました。

しかし、話はこれだけでは終わりません。「ホワイト・シティ」と呼ばれたシカゴ市とフォルサム発電所の両方に関わる人物がもう一人います。電気技師で発明家のウィリアム・スタンレー(William Stanley)です。スタンレーは電力をより効率的かつ容易に長距離電送できるよう、電圧を昇圧する初の交流変圧器を開発しました。このスタンレーの交流変圧器の発明のおかげで、ウェスティングハウス社はシカゴ万国博覧会の電化を実現し、フォルサムの送電網も整備されたのです。

フォルサムにあるGEの発電機群。GEパワー社は、フォルサムの機器類も製造したスケネクタディの工場で現在も発電機を製造しています。画像提供:ニューヨーク州スケネクタディのイノベーションと科学の博物館(Museum of Innovation and Science Schenectady)。

実際、エジソンの直流システムに当時とどめを刺したのは、ウェスティングハウスでもテスラでもなくスタンレーでした。ですが運命のいたずらか、思わぬ展開によりスタンレーは最終的にGEに行き着いたのです。歴史学者のハンター氏は次のように語ります。「スタンレーは当初ウェスティングハウスに入社し、同社の交流変圧器を開発していましたが、1890年に同社の予算削減に幻滅して退社し、スタンレー・エレクトリカル・マニュファクチャリング・カンパニー(The Stanley Electrical Manufacturing Company)を設立したのです。ウェスティングハウスがスタンレーに対して起こした特許権侵害訴訟(ウェスティングハウスに付与された変圧器の特許にスタンレーが違反しているとの主張)に勝訴する1902年まで、スタンレーはGEおよびウェスティングハウスと競合していました。スタンレーは結局1903年に自分の会社をGEに売却し、その結果GEピッツフィールド・ワークス(Pittsfield Works)の一員になったのです。」

米国国立強磁場研究所(National High Magnetic Field Laboratory)の発行するMagnet Academy誌によると、1912年スタンレーは「エジソンの直流方式の敗北を確固たるものにした功績(for work that helped cement the defeat of Edison’s DC system)」により、アメリカ電気学会(AIEE)からエジソンメダル顕彰を受賞しています。皮肉というべきか、それが人生というものでしょうか。

話はさらに続きます。こうしてできた土台を基に、GEは送電事業の一角を占めるまでになりました。GEリニューアブルエナジーの一部門であるグリッドビジネス(送電網部門)は、世界中で生み出される再生可能エネルギーの増減に対応可能な、たとえ太陽光が不十分な場合や風が弱い場合でも、風力、太陽光、水力、天然ガス等、あらゆる種類の発電エネルギーを連携し管理するソフトウェアを組み込むことができる、より強靭な送電網の構築を支えています。「照明のスイッチを入れれば、その電力がどこから来たかに関係なく明かりが点きます。なぜなら、明かりが点くその裏側で、高い信頼性と対応力に富む近代的な送電網がきちんと機能しているからです」とGEリニューアブルエナジーの社長兼CEOを務めるジェローム・ペクレス(Jérôme Pécresse)は語っています

時が過ぎ、現代においても、例えば洋上の風力発電所から陸上へ送電する高圧線などの最新の送電網ですら、エジソンの古い直流送電網の上に構築されています。Spectrum誌も直流送電の最新技術である高圧直流送電(High-Voltage Direct Current:HVDC)は「いますぐに、より手頃な費用で導入が可能であり、従来の機器を押しのけて今後の米国東部と西部の間の長距離電送を担う可能性がある」と評価しています。

GEは英国スタフォード市にHVDC事業の工場と研究所を設けており、GEリニューアブルエナジーのエンジニアであるラファエル・ボンチャン(Rafael Bonchang)はキャリアの大半をこの送電方式の更なる改善に費やしてきました。「A地点からB地点に送電するとき、送電効率が100%のままということは有り得ません。必ず送電損失が発生しますが、HVDCの送電損失は交流送電に比べてはるかに小さいのです。送電距離が長ければ長いほど、HVDCはより有利になります。またHVDCを使えばでは同じ送電線でもより高い容量を、実際には3倍の容量を送電できます。送電ケーブル自体が送電事業の総コストの最大70%を占めることを考えると、ますますHDVCの利点が際立つわけです」とボンチャンは言います。

このボンチャンの言葉をぜひエジソンにも届けたいものです。一度は負けましたが、彼は時代を先取りしていたのですから。

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