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データで空を飛ぶ:航空業界の脱炭素化を支えるGEデジタルのソフトウェア

トーマス・ケルナー

カンタス航空のパイロット、デイビッド・サマーグリーン(David Summergreene)機長は四半世紀にわたって世界中でジェット旅客機を操縦してきました。ある日、オフィスでコンピューターのスクリーンに映し出された自社のジェット燃料の使用状況を示すデータを見て、彼ははっと気が付きました。彼は次のように語ります。「こんな経験はパイロットとして初めてのことでした。わざわざ社内のアナリストのところに行って『このデータを頂いてもいいですか?』とお願いするような煩わしさも無く、自分にとって最も興味があるデータを自分で見ることができたのです。私はこの素晴らしさに興奮しました。まるでお菓子屋さんに入った子供のようでしたよ。」

しかし、次に別の考えも湧いてきました。カンタス航空の全社的な燃料節約に協力するよう要請されて、初めて彼はこの情報を見ることができたのです。サマーグリーン機長は次のように振り返ります。「そこでふと気づいたのです。『おや、ちょっと待った。俺たちパイロットにはこのデータは渡っていない。俺たちはこのデータを最大限に活用して大きな成果を出せるはずなのに。』これでは、まるでフットボールのコーチがせっかくゲームプランを練っても選手たちに伝えていないようなものではないかと思ったのです。せっかくのデータをパイロット自身が直接見られないのであれば期待するような変化は得られないでしょうから。」

サマーグリーン機長がこのようなひらめきを得たのは2016年のことでした。その後6年もの間、サマーグリーン機長は業界を牽引すべく、燃料使用量データベースを開発したGEデジタルと協力して、パイロットがコックピットに持ち込んでフライトデータ分析に用いることができるアプリケーションの先駆けである「FlightPulse(フライトパルス)」の開発に携わってきました。このソフトウェアはフライトデータを分析し、その結果にパイロット自身がアクセスできるよう設計されています。例えば、ヘルスケアアプリで自分の歩数や消費カロリーを記録するのに似ています。初期モデルから開発が進み、最新バージョンのFlightPulseソフトウェアでは、パイロット自身が自分の着陸前後のフライトデータにアクセスし、他のパイロットや航空会社がベンチマークとするパフォーマンスと比較することで、パイロットたちが次回以降のフライトに反映することを目的としています。

現在、カンタスグループ6社の航空会社で2,000人以上のパイロットがFlightPulseのフライトデータを利用しています。その結果、このアプリを導入したことで燃料使用量を節約する手法の導入事例が15%増加し、使用開始1年目で570万kg(6,300トン)のCO2排出を削減できたと算出しています。2022年3月、カンタスグループは気候変動対策計画のなかでFlightPluseアプリを取り上げ、2030年までにネットのCO2排出量を25%削減し、さらに2030年まで年率1.5%の燃料消費効率の改善を目指すための手段として同アプリのさらなる活用を表明しました。

サマーグリーン機長は笑いながら2016年当時を振り返りました。「FlightPulseの開発が始まった当時、私はまるで骨をくわえた犬のように好物を手離すつもりはありませんでした。あの頃は、こうしたデータが持つ力とそれが業界にとって何を意味するのかがまだ理解されていませんでした。正直なところ、当時は自分でもこの製品が持つ本当のパワーに気づいていなかったかもしれません。ですが今は、ますますその将来性にわくわくしています。」

FlightPulseや他のソフトウェアを開発するGEデジタルは「the perfect flight」と名付けた取り組みを進めています。これは、航空会社が運航の効率性を高め、CO2排出量の削減を支援するためのものです。人類の活動に由来するすべてのCO2排出量において、航空業界は2.1%を占めていることもあり、多くの航空会社は2050年までにCO2「ネットゼロ」排出の目標を実現しようとしています。そのためには、燃料を賢く消費し、CO2削減量を測定できるようにすることが不可欠です。

さらに、サマーグリーン機長は次のように語ります。「私はこれまで幸運にもたくさんの旅をしてきましたが、将来の世代の人々にも同様に楽しんでもらいたいのです。私たちの使命は、空の旅が効率的であると同時にサステナブルであることをより確かにするためにステップアップすることなのです。」

 

実行に移す時

サステナビリティはGEデジタルのアビエーションソフトウェア部門を統括しているアンドリュー・コールマン(Andrew Coleman)にとっても非常に重要なトピックです。コールマンのチームはカンタス航空と共同でFlightPulseを開発してきました。しかし、コールマンは1つのアプリの開発にとどまることなく、彼のチームは世界中の航空会社が業務の効率化に役立てている一連のソフトウェア・アプリケーション製品群も開発してきました。

コールマンは仕事を進めるうえで迅速さを重視していると語ります。エネルギー産業では再生可能エネルギー分野が急拡大している一方、自動車産業では電気自動車(EV)が未来を担っており、さらには航空宇宙産業では脱炭素化が困難とされているというように課題が山積みだからです。これに対し、現状のバッテリーは性能の割に重量が嵩むため、ハイブリッド電気推進や電気推進による航空機の実現は数十年先になる可能性があるとされています。また、各航空会社は持続可能な航空燃料(Sustainable Aviation Fuel、以下SAF)と呼ばれるバイオ燃料を使用し始めているものの、SAFをさらに普及させるためのインフラも依然として開発段階にとどまっています。

このような課題がある中で、コールマンはソフトウェア・ソリューションによって航空会社が環境に与える影響を今すぐに緩和できると話します。「現状で航空業界はCO2排出量削減を競い合っています。お客様の目標の実現に求められるスピードを確保する唯一の方法は、メンテナンスやオペレーション、そしてフライトそのもので既に利用可能なデータを活用することなのです。」

「航空業界はCO2排出量削減を競い合っています。お客様の目標の実現に求められるスピードを確保する唯一の方法は、メンテナンスやオペレーション、そしてフライトそのもので既に利用可能なデータを活用することなのです。」とGEデジタルのアンドリュー・コールマンは語ります。

「航空業界はCO2排出量削減を競い合っています。お客様の目標の実現に求められるスピードを確保する唯一の方法は、メンテナンスやオペレーション、そしてフライトそのもので既に利用可能なデータを活用することなのです。」とGEデジタルのアンドリュー・コールマンは語ります。

「3万データポイント」がもたらす可視化

コールマンによると、少し前までの航空機では約80だったデータポイントが、ボーイング787のような最新の航空機では3万にも及ぶデータポイントでデータを収集できると言います。各センサーは、エンジンパフォーマンス、ランディングギアへの負荷、油圧、機内のコーヒーポットの温度やトイレを流した回数に至るまで追跡することができます。「私たちのソフトウェアで得られる分析と鮮明さのレベルは、例えるならば、従来は1フライトにつき数枚の写真をポラロイドカメラで撮っていたのを、高解像度の動画で保存できるようになったと言えます。つまり細部まで可視化することができるのです。」と彼は説明します。

可視化した微細なデータにはとてもシンプルなものも含まれますが、それでも積み重なれば活用方法もさらに広がります。空港でのタキシングの際にパイロットがエンジンを1基に絞っているか、あるいは航空機の補助動力装置を不必要に稼働させ続けることなく航空機を空港ゲートの電力システムにすぐに繋いだか、といったアクションを追跡すれば、フライト完了までに消費する燃料を減らすのに役立ちます。また人間の心理を活用するという利用法もあります。つまり、パイロットが自分の飛行状況を確認したり、同じ路線を担当する同僚パイロットの飛行データと比較できたりするのです。コールマンはこれを次のように説明します。「人間は誰だって下位グループにはとどまりたくないものです。パイロットも同じで、自身のフライトデータを確認しあって『自己修正』します。ですから誰かがわざわざパイロットにメールを送って『飛行方法を工夫したらどうか』と注意する手間を省くこともできるのです。」

確かな「道筋」

GEデジタルの新CEOに就任したスコット・リース(Scott Reese)も次のように説明します。「より良い成果を得るためにソフトウェアを活用することには非常に大きな可能性が秘められています。予知保全から燃料消費のベンチマーク化、空域の効率的な利用などソフトウェアは多くの人が頭で考えるよりも早くより『完璧なフライト』を実現するのに役立つでしょう。」

リースはまた、GEがもつアルゴリズムが果たす役割についても言及しています。例えば、GEのアルゴリズムは航空会社が保有する航空機の管理、飛行ルート設定、ジェットエンジンのメンテナンス計画を立てる場面ですでに活用されています。コールマンも次のような例を挙げて強調します。「もし、ソフトウェアが短期間にハードランディングを3回検出したら、ランディングギアを点検するよう促すかもしれません。また、2機の航空機がそれぞれアトランタ行きフライトを1日3便運航している場合、そのうちの1機のCO2排出状況が他方と大きく異なっていることを検出することもあるでしょう。その原因は、燃料を積み過ぎたために燃料消費量とCO2排出量が増えたことにあるのかもしれません。あるいはそれ以外の無数の要因も考えられますが、ソフトウェアを使えばその原因を突き止める手助けになるのは確かです。」

さらに、一連のソフトウェアを活用することで航空機の「オーナー」も保有機のコンディションを把握することができます。コールマンによると、現在約3万の航空機が就航していますが、その4分の1はGEのソフトウェアでモニタリングされています。それだけではありません。現在就航している航空機の半分以上は「オーナー」である金融機関またはリース会社から航空会社にリースされている機材です。これは多くのドライバーが自家用車をリースで利用しているのと同じです。このような場合でも、「オーナー」は保有機がどのように運用されているか、GEのソフトウェアを通じて把握することができます。また、リース期間が満了したジェット機を新たな航空会社に移転する際に機材をより安全に引き継ぐのに要する期間をデジタル履歴を活用することで従来の数カ月からわずか数週間に短縮することが可能です。コールマンは次のように説明します。「先日、私たちは初めて紙とペンを使うことなくデジタルデータだけで航空機のリース先を移転する手続きを完了しました。リース会社は複数年契約が満了する際は、次のリース先となる航空会社が航空機をできるだけ早く就航させて収益を上げることを望んでいるからです。」

1と0の羅列

自動車と同様に、航空機も何十年もの間、レバーや歯車、ワイヤーで操作する機械仕掛けの乗り物でした。20世紀後半に導入された最初のフライトレコーダーでさえも、コックピット内の会話やアナログ計器の数値を記録する音声記録装置としての役割が主だったのです。

50年ほど前に航空産業にコンピューターが導入されてからは、業界ではデジタルスタンダードが徐々に形となり、現在も使用されています。GEデジタルアビエーションのデジタル・エンジニアリング担当バイスプレジデントを務めるアンディ・レクター(Andy Rector)は次のように話します。「このスタンダードはインターネット・プロトコルに相当するものですが、航空機の場合はその耐用年数が長期にわたるため、基準に変更を加えるのにも何十年とかかるのです。」このようなレガシーが存在するだけでも、航空機用ソフトウェア・プログラマーが乗り越えなければならないハードルの高さを垣間見ることができます。レクターはさらに続けます。「例えば、フライトデータは1970年代に定義された非常に古いフォーマットで、文字通り1と0が流れています。そしてようやく、アップグレードされたソフトウェアが搭載された初めての航空機が2011年から就航しているボーイング787ドリームライナーなのです」。

レクターはまた、この分野でのGEの成功は、適切に問題を解決する力とお客様との緊密な連携に早くからフォーカスを当ててきたことに負うところが大きいと言います。さらに彼は説明します。「私たちのアプローチは、お客様のためにできることは何でもする、ただしそれを拡張性のある方法で行う、というものでした。例えるならば、航空会社Aと航空会社Bのいずれにも使えるレゴブロックのような部品を作れば、航空会社ごとにそれぞれ独自のサービスを提供でき、ニーズに応え、価値を提供できるということです。しかも費用対効果を高めることもできるのです。」

「私たちは何十年もの間、データをクリーンアップし、利用可能なフォーマットに変換する手法をマスターするために努力してきました。そして、幅広い機種の航空機からそれぞれ変換された数値をすべて処理できる計算エンジンを開発したのです。」とGEデジタルのアンディ・レクターは語ります。

優れた計算エンジン

担当チームが手掛けた最初のブロックは、1と0の羅列をエンジニアリングユニット(※)に変換するプラットフォームでした。例えば「10011」は36,000フィートに変換する、という意味です。レクターは次のように説明します。「データを扱う人なら誰でも、元となるデータを使えるフォーマットに整えるためのデータのクリーンアップに労力の90%が費やされることを知っています。私たちは何十年もの間、データをクリーンアップし、利用可能なフォーマットに変換する手法をマスターするために努力してきました。その結果、幅広い機種の航空機からそれぞれ変換された数値をすべて処理できる計算エンジンを開発できたのです。」

※エンジニアリングユニット(Engineering Unit):工学単位。主に工学分野で使われ、力、重さ、時間を基本量とする単位の総称。

こうして開発された計算エンジンは、あらゆる種類の計算を実行します。例えば燃料使用量の追跡、航空機の運航スケジュール管理、それぞれの航空機のメンテナンスに見合った機材繰りをするための支援、機体の整備記録などが含まれます。レクターはさらに次のように説明します。「私たちはこの拡張可能なプラットフォームを開発し、そこに適切な抽象化を実行する機能を搭載して、まったく同じものを再現できるようにしました。まずは安全性に関わる分野から取り掛かりましたが、今ではサステナビリティについても同じことを行っています。」

ロケットのジレンマ

問題は「どのように計算するか?」ということでした。レクターは次のように説明します。「『ロケットのジレンマ』という古典的な問題をどう解決するかということです。つまり、フライト中に燃料が足りなくなるのは絶対に避けたいので、その心配をなくすために機体に予備の燃料をできるだけ多く積んで行こうとします。しかし、そうするとより多くの燃料を運搬することになるため、より多くの燃料が必要になってしまいます。最適解を見出すには膨大なデータが必要です。個別のフライト毎に様々な要因まで分解しなければ、小さなスイートスポットを見つけることができないのです。」

レクターと同僚たちは、航空会社との緊密に築き上げられた関係から、どのスイートスポットを探せばよいかを知っています。GEデジタルアビエーションの製品管理・戦略担当バイスプレジデントを務めるジョエル・クルースター(Joel Klooster)は次のように説明します。「改善策を探るためには、まず現在の状況を知る必要があります。GEのソフトウェアは、各航空機から得られる豊富なデータと、航空会社の本社から得られるオペレーションの情報、そして機体が飛行した地域の天候などの外部情報ソースを組み合わせた処理ができるのです。」その結果、各航空会社は同業他社と比較して現在どのような状況にあるのか、わかりやすいスナップショットを得ることができるのです。クルースターはさらに次のように説明します。「この技術が本当にインパクトをもたらす理由は、データに基づく説得力です。感情や仮定を取り除くことで、効率性を妨げる具体的な要因を把握することができます。いったんそれを把握すれば、あとは改善を重ねるチャンスが毎日無数に生まれるのです。」

「私たちは、サステナビリティが『新しい空の旅』にとって非常に重要であると信じています。お客様とともに、お客様のために開発したソフトウェアは、現状で利用可能なデータをより活用し、サステナビリティをより早期に実現するための特別な力をもたらします。」とGEデジタルのCEOを務めるスコット・リース(Scott Reese)は語ります。

共通の目標

ここで、またカンタス航空の話に戻りましょう。ジョナサン・モレル(Jonathan Morrell)とルーク・ボウマン(Luke Bowman)は共にGEデジタルのプロダクトマネージャーを務め、サマーグリーン機長と協力してFlightPulseの完成に携わりました。ボウマンは次のように振り返ります。「あの時、サマーグリーン機長がやってきて『あなたたちはこれだけのデータを持っていますね。でもなぜ、現場の人たちに渡さないのでしょうか』と問いかけてきたのです。」

そこでモレルとボウマンは、サマーグリーン機長のひらめきを実行に移すために何十人ものパイロットにインタビューをすることから始めました。ところが「私たちの提案をパイロットたちに見せても、彼らからは『それで、これは何なの?』という反応しか返ってこなかったのです」とモレルは当時を振り返りながら、さらに次のように説明します。「いろいろ試しましたが、パイロットにはそもそも何が必要なのか、振出しに戻らなければならない場面が何度もありました。考えてみれば、パイロットはデータサイエンティストではありませんし、アナリストでもないのです。また、管理職も務めるパイロットとそれ以外のパイロットとでは考え方も異なってくるでしょう。私たちが開発したアプリは、様々なレベルでのリサーチから始まり、お客様との信頼関係にも基づいて一から練り上げて完成したものなのです。」

モレルは、GEがこのような協力関係を構築することができたのは、航空業界が安全なフライトを提供できるようGEが長年にわたってサポートしてきた実績があるからだと語り、さらに説明します。「私たちはGEが持つ高い評価に誇りを持ちつつ、航空会社との協力関係を築くとともに航空会社からの信頼を寄せていただいてきました。長年にわたって築き上げた信頼関係がなければ、共通の目標に向かって共に歩むことはできなかったでしょう。」

今後、GEはアビエーション、ヘルスケア、エネルギーの各ビジネスにフォーカスを当てた3つの独立企業として前進して行きます。そうした中、GEデジタルはGEの新しいエネルギー事業の一翼を担いながらも、従来通りに航空業界、製造業、発電などの各業界向けソフトウェアを開発していく予定です。さらに、コールマンはサステナビリティが世界的にフォーカスされていることがGEの分社化の経緯を理解しやすくしていると話します。「実際には、モノを製造することと発電を行うことは異なりますし、送配電網を管理することとも、さらにアビエーションとも異なるものです。しかし、これらすべてを共通して取り巻くCO2排出量の削減という課題は、ぜひとも克服しなければならないものなのです。」

GEデジタルのCEOを務めるリースも次のように述べています。「私たちは、サステナビリティが『新しい空の旅』にとって非常に重要であると信じています。お客様とともに、お客様のために開発したソフトウェアは、私たちが現状で手にしているデータをより活用し、サステナビリティをより早期に実現するための特別な力をもたらすことでしょう。」

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