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A Step into the Future :創立130周年を迎えたGE、エンジニアたちは振り返らず先を見据えます

ウィル・パルマー

トーマス・エジソンは困難に直面しても決してひるむことはありませんでした。例えば1893年に開催されたシカゴ万国博覧会でのケースを見てみましょう。この博覧会でシカゴは「ホワイト・シティ」というニックネームでも呼ばれるようになりました。万博に向けて初めて設置された電灯約10万個の光によって市内の歴史ある白い建物の街並みが宵闇に浮かび上がったことに由来します。しかし、その明るさはまばゆいばかりに輝く一方、エジソンには暗い影を落とすことになりました。著名な発明家でありGEの創設者でもある彼は、博覧会開催地である同市に電力を供給する事業体として入札していたものの、博覧会の主催者がエジソンの直流送電システムではなく、ウェスティングハウス社の交流システムを選んだため、彼はジョージ・ウェスティングハウス(George Westinghouse)との「電流戦争」における敗者となってしまったのです。

ただ、いかにもエジソンらしく、彼は程なく窮地を脱する方策を見出しました。ちょうどその頃、J.P.モルガンからの要請で、エジソンは、自身のエジソン・エレクトリック社(Edison Electric Company)とトムソン&ヒューストン社(Thomson & Houston Co.)を合併し、ゼネラル・エレクトリック社(The General Electric Company)を設立していました。その合併は1892年4月15日に締結され、以来130年、GEはアビエーション、ヘルスケア、そしてパワー事業と、いずれの事業もその役割を明確に定義し、成長を続けることでこの世界を未来へと導いてきました。

さらにその先の未来は今どのように見えているでしょうか。GEが開発に携わっている技術としては、たとえばSAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料、以下SAF)とハイブリッド電気推進エンジン技術で飛行する航空機が一例として挙げられます。また、クラウド対応ソフトウェアとAI搭載医療機器に支えられる精度の高い診断と治療を実現するプレシジョン・ヘルスもその一つです。さらに、浮体式風力発電タービンやCO2を排出しない水素発電プラント、様々なエネルギー源に由来する電力をシームレスに統合し、暴風雨時にシステムを維持し、停電しても迅速に復旧するスマートグリッドなどもそのうちの一つです。GEは今後2年間でアビエーション、ヘルスケア、エネルギーのそれぞれの業界をリードする、独立した3つの会社を設立すると発表しています。これにより、各ビジネスがポテンシャルを発揮し、長期的な成長の実現とすべてのステークホルダーに高い企業価値をもたらす最適なかたちとなります。GEの会長兼CEOを務めるラリー・カルプは次のように述べています。「それぞれのビジネスが強靭かつお客様の要望に沿う事業運営を推進することで、3社それぞれがアカウンタビリティやチームの連携力、そして柔軟な資本配分を向上させることにより、よりサステナブルで健康的かつコネクテッドな未来を実現することができるのです。」

ここからは、各ビジネスについて詳しくご紹介しましょう。

Flipping the Switch:スイッチを入れる

金ぴか時代(※)真っ只中の1882年、GEの共同創業者でもあるトーマス・エジソンは人々の電気の使い方に革命をもたらしました。それまでほとんどが自家発電で電力を賄っていたため、電気を使えるのは自ずと一部の企業や富裕層に限られていました。しかし、エジソンはマンハッタンのダウンタウンにあるパールストリート(Pearl Street)に世界初の中央火力発電所を開設し、道路の下に敷設されたケーブルをネットワーク化することで、遠く離れた発電機から家庭や企業に電力が届くようにしたのです。現在GE製の発電設備は世界の電力の3分の1以上を生み出しているほか、送電事業会社の90%がGEのテクノロジーを搭載した機器を稼働させています。送配電事業者は、かつての単純なケーブル線システムから高速道路の複雑なジャンクションのように変貌した現代の送配電網を管理するために、GEが開発した高度なソフトウェアも活用しています。また、各電力会社はデジタルソリューションを導入することで、より堅牢な送配電網の構築に成功しています。つまり、再生可能エネルギー由来の電力をより多く送配電網へ送り込みつつ、障害発生時でも迅速な復旧を可能にし、電気自動車などの新しいテクノロジーにも対応できるようにしています。さらにGEは、温室効果ガスの一つに指定されている六フッ化硫黄(SF6)ガスを代替する新しい絶縁および開閉器向けガスソリューションを提供することによって、電力業界に歴史的な変化をもたらし、次世代の人々のために世界中でよりクリーンな送配電網を構築することを目指しています。詳しくはこちらをご一読ください。

※金ぴか時代(Glided Age):1865年の南北戦争終結から1893年恐慌までの28年間、あるいは幅広く19世紀後半を表す用語。アメリカ国内は「第二次産業革命」と呼ばれるほど好景気に沸き、都市化が進行した。

Brushed By Wind:風に磨かれて

GEリニューアブルエナジーの洋上風力発電タービンHaliade-X 画像提供:GEリニューアブルエナジー

エジソンが小規模な送配電網を構築してから5年後の1887年、チャールズ・ブラッシュ(Charles Brush)というクリーブランドの男性が世界初の発電用風力タービンを作り歴史に名を刻みました。高さ60フィート(約18m)、重さ4トン、144枚のブレードを備え、当時としては超大型の風車であり、発電量は12kWでした。そして、この風車は来るべき時代の先駆けとなりました。時を経てGEは現在、世界で最も強力な風力タービンの一つであるHaliade-Xを製造しています。Haliade-Xタービンの高さは最大853フィート(260m)あり、1基当たりの発電容量は14MWで、1年間に11,000台の自動車が排出する量に相当するCO2の削減が可能です。さらに将来に向けた風力発電の開発も進めており、風力タービン向け超伝導発電機浮体式洋上風力タービン、3Dプリンティング技術を活用して建設されるタワー、さらにはより高効率な高圧直流送電(HVDC)システムの開発に取り組んでいます。そしてブラッシュは、自身が創業した電気会社をエジソンの当時のビジネスベンチャー企業と合併し、GEの創設パートナーとなりました。詳細についてはこちらをご覧ください。

Hello, Hydrogen:ようこそ、水素社会へ

ユニパー社が英国に所有するグレイン発電所は天然ガスと水素の混合ガスを燃焼させて発電することを目指します 画像提供:ユニパー社

1949年7月、オクラホマシティの電力会社に米国で初めて発電に使用されるガスタービンが納入されました。それまで機関車(※)に積まれていたガスタービンをGEのエンジニアが改良し、発電できるようにしたのです。同タービンは、この電力会社のベル・アイル(Belle Isle)発電所が閉鎖されるまで31年間運用され、現代の発電産業の原型を築き上げることに大いに貢献した画期的なタービンとなったのです。それから70年以上が経ち、GEはニューヨーク州オハイオ州英国オーストラリアなど米国内外のプロジェクトで、水素発電のさらなる開発を推進しています。すでに100基以上のGE製ガスタービンが水素燃焼の累計運転時間800万時間以上を積み上げ、約530TWhの電力を生み出しています。気候変動に立ち向かうためのテクノロジーについてはこちらをご覧ください。

※ガスタービン機関車:ガスタービンエンジンによって発電機を回して発電し、その電力で動く機関車のこと。アメリカでは1970年代まで運用された。

Flying High:さらなる高みへ

GEアビエーション製GEnxジェットエンジン 画像提供:GE Reports

第一次世界大戦中、アメリカ政府がGEに要求したものの一つに高高度におけるリバティ(Liberty)軍用機の性能を向上させるようにというものがありました。この極秘プロジェクトを率いることになったのはGEのガスタービンエンジニア、サンフォード・モス(Sanford Moss)です。モスは発電機用ガスタービンで培った技術を転用してターボスーパーチャージャー(turbosupercharger)エンジンを設計しましたが、このエンジンは後に世界記録をいくつも樹立しました。また1918年、GEのアビエーション事業への参入を決定づけたのもこのエンジンでした。現在、GEアビエーションは旅客機や軍用機の航空機エンジンを製造する世界最大のメーカーの一つに成長しました。さらに、モスがそうであったように、現代のエンジニア陣もエンジンを駆動するための新たな手法を研究しています。多くのテクノロジーの中でもとりわけ現在注力しているのは水素ハイブリッド電気推進技術SAFなどを活用するものです。また、GEとサフラン・エアクラフト・エンジンズ社が共同出資しているCFMインターナショナル社はRISEプログラム(Revolutionary Innovation for Sustainable Enginesの略)を立ち上げました。このプログラムは新世代のオープンローター設計を採り入れた意欲的な技術も採り入れ、現在の新型エンジンの燃料効率をさらに20%以上向上させることを目的としています。すべての挑戦が目指すところは、効率的なフライトを実現し、かつCO2排出量の削減に貢献することです。こちらのストーリーもご一読ください。

Inner Vision:画像診断の向上

1895年、ヴィルヘルム・レントゲン(Wilhelm Roentgen)は妻の手に陰極線を照射し、世界で初の人体が撮影されたX線画像を見て、妻は「自分の死を見た気分だわ!」と叫んだというエピソードが残っています。この発明がその後の医療用画像診断技術の急速な発展のきっかけとなり、わずか1年後には、GEのエンジニアだったエリフ・トムソン(Elihu Thomson)がX線装置を開発しました。現在、GEヘルスケアは世界中の医療施設に設置されている先進的なCT、MRI、エコー装置を含む医療用画像診断装置を製造しています。さらに、AIとデータ分析を用いて、パーソナライズされた医療を提供することで、医療業界のオペレーションのさらなる改善にも貢献しています。一例を挙げると、次世代インテリジェンス・プラットフォーム「Edison(エジソン)」はAIを用いたデータ集約型プラットフォームとして、様々な診断情報ソースから多角的に臨床データを収集する技術を利用し、煩雑なタスクの負担軽減に役立っています。詳しくはこちらをご覧ください。

That’s our Story:これがGE Reportsのストーリーです

Haliade-X 画像提供:GEリニューアブルエナジー

当時まだシラキュース・ニュース・スタンダード紙の編集長だったチェスター・ラング(Chester Lang)が「GEニュース局(GE News Bureau)」を設立して以来、GEは社会に貢献するイノベーションの数々を語り継いできました。ラングが目指したのは「本物のニュース記事」を取り扱うことでした。その後まもなくGEは自社のラジオ局「WGY」を開設し、GEニュース局の記事を定期的に放送するようになりました。1940年代後半、ニュース局に携わった人の中で有名人になった一人として、GEに4年間在籍し当時はまだ小説家志望でしかなかったカート・ヴォネガット・ジュニア(Kurt Vonnegut Jr)が挙げられます。「仕事を通じて科学者に会い、どのような研究に取り組んでいるのか取材することで面白いストーリーが生まれることがよくありました」と彼は後に語っています。また1950年代初頭、ハリウッド俳優だったロナルド・レーガン(Ronald Reagan)がGEの顔となり、130カ所以上のGEの研究所や工場を訪れ紹介するテレビ番組「ゼネラル・エレクトリック・シアター(General Electric Theater)」が放映されました。そして現在、GE Reportsは今日も数百万人もの読者を引き付け、GE Briefニュースレターには5万5千人の購読者にご登録いただいています。GEのヘルスケア、パワー、アビエーションなど各事業部門でも、皆さんの興味を引く独自内容のポッドキャスト動画シリーズ、ブログを提供しています。そして、GEのエンジニアや科学者は、気候変動やエネルギー転換プレシジョン・ヘルスサステナブルな空の旅など、世界中の人々に関わる壮大な開発課題に取り組んでいるのです。

最後に、CEOを務めるカルプは次のように述べています。「GEは非常に恵まれた立場にあります。きょうもバリューを生み出し『Building a world that works』という私たちのパーパスをまっすぐに追求してまいります。」

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