
「デジタル時代の企業」へ、変革を図るのに役立つ3つの手法
創業から何十年もたった企業がデジタル・トランスフォーメーションやイノベーションを進めるにはどうしたらよいでしょう?全米産業審議会主席研究員のマリー・ヤング博士が、デジタル化を受け入れる企業へと変貌を遂げた複数の企業の例をケーススタディとして紹介してくれました。
以下著:マリー・ヤング博士 全米産業審議会 主席研究員
シアーズ・ホールディングス社(※1)、サーキット・シティー・ストアーズ社(※2)、ボーダーズ・グループ社(※3)。
編集部注
※1 かつては世界最大の百貨店であったが、莫大な負債を抱えて事業再建中
※2 米国で1位になったこともある家電の大型ディスカウントストアだが、2009年に経営破綻
※3 国際的な書籍チェーンであったが、2011年に経営破綻
かつて栄華を誇ったこれらの企業はいったい何に遅れをとったのでしょう。ひとつ言えることは、デジタル・トランスフォーメーションの受け入れに失敗した、ということです。
これらの企業が辿った運命は、他の企業にとっては強烈な教訓です。最近実施した世界規模の調査では、経営幹部層の10人中ほぼ9人が、事業経営が悪化し始めないよう、2年以内に自社のデジタル・トランスフォーメーションを大幅に進める必要があると答えています。しかも、回答者の59%はライバル企業の先を行くことはもはや手遅れかもしれない、と考えています。
デジタル・トランスフォーメーションは、企業や産業によって異なる様相を呈します。ところが、その最大の障壁になるのはいつも「企業文化」で、呆れてしまうほど一貫しています。
長い歴史をもつ大企業では、過去に成功をもたらした企業価値や行動であっても、最善のデジタル戦略の足かせになりかねないのであれば、それらを一掃すべきです。代わりに、3つの要素を取り入れた新たな企業文化を構築する必要があるでしょう。
1:スタートアップ企業のように行動する
信じられないような話かもしれませんが、デジタル・トランスフォーメーションの最大の障壁はテクノロジーではありません。それよりも深刻なのは、リスク回避や失敗に対する不安などに囚われているうちに、「デジタル時代以前の遺物」になってしまうことです。
外貨両替を手掛けるトラベレックス社は数年前、同社初のデジタル責任者を採用しました。以来、同社は失敗を恥ととらえる意識をなくそうと真剣に取り組んできました。今、同社の社員は失敗や学んだ教訓についてオープンに話すことが奨励されています。さらに、デジタル・トランスフォーメーションの実現に向けた新たなマインドセットを取り入れるようになり、完璧なものではなく「実用最小限の」製品づくりを目指すなど、巨大なソフトウェア業界の中のスタートアップ企業の特性も兼ね備えるようになりました。アジャイルな手法によって、企業はイノベーションを迅速化したり、ユーザーからフィードバックを得たり、漸進的な機能拡充を維持することができるのです。
トラベレックス社が新たに身に付けた、試験段階の内容をオープンに受け入れる姿勢は、同社屈指のヒット商品である“Supercard”の基盤をつくるのに役立ちました。クレジットカードとモバイルアプリの機能を兼ね備えたこのカードでは、大抵のカードユーザーが海外旅行で支払うことになる外貨取引手数料がかかりません。つまり、ここでの取引は「外貨」扱いされないわけです。それでも、同社は試験的な販売キャンペーンを実施するまで、この新商品が消費者の実際のニーズに沿うかどうか確信は持てませんでした。しかし、アプリ公開から36時間以内に10万人がダウンロードしてサーバーはパンク。同社は勝者になれたことを認識しました。
2:目と耳と脳を駆使して世の中の動向に注意を払う
今後数年間で、デジタル・ディスラプターがいま存在する企業の最大40%に取って代わる可能性があります。こうした脅威から逃れてチャンスをつかみ取るために、多くの企業は顧客動向をすばやく、正確にモニタリングする方法を再考する必要に迫られるでしょう。
創業30年を超えるハイアール社は、冷蔵庫や洗濯機などを製造する世界最大の家電メーカーです。同社が運営するオープン・イノベーション・プラットフォーム、HOPEはユーザー、サプライヤー、投資家、研究者、起業家を結びつけています。バイエル社やダウ・ケミカル社といった大企業は料金を支払ってHOPEを利用し、新たなテクノロジーやトレンドについて他者と議論したり、課題を定義したり、他者を招待して解決策を見いだしたりしています。このオンライン・プラットフォームはハイアール社の目、耳、脳となり、長い歴史を持つ同社に事業上の脅威やチャンスとなり得るものを直視させてくるツールとしても機能しています。
HOPEの成功例をひとつ挙げましょう。「夏に料理をするとイライラさせられることは何か」という同社の投稿には、287,000人から回答を得ることができました。一番多かった悩みの種は、汗びっしょりになることでした。この回答を得てからたった4カ月で、同社はSmart Refrigeration Kitchen Ventilator(冷房機能つきのスマートなキッチン換気扇)を発売しました。この装置はスマートな冷房技術とセンシング技術によって、まるでエアコンのように数分で涼しい風を送り出すことができます。
3:境界線を曖昧にする
伝統的に、企業というものは情報資産の流出や侵入者が忍び込むのを防ぐために、外部との境界線をガードしています。しかし、デジタル・トランスフォーメーションには企業の境界線を、より曖昧にすることが求められます。
ロレアル社は研究やイノベーションにおいて化粧品業界を以前からリードしてきましたが、数年前、地域のデジタル人材を活用する目的でサンフランシスコに研究開発(R&D)ラボを設立しました。そして、2016年には選りすぐりのスタートアップ企業を育てたり、デジタル美容分野の企業を毎年2社立ち上げるために、ファウンダーズ・ファクトリー社と提携しました。ロレアル社が社員や投資家に向けて発信した最強のメッセージは恐らく、同社初のデジタル責任者として業界とは無関係の人材を採用し、CEOの直属の部下としたことでしょう。その後、同社は1,600人のデジタル専門家を雇用し、社内中に配置しました。こうしたすべての変革によってロレアル社の企業文化のシフトは進み、同社の外部エコシステムの価値はさらに増大し、境界線を越えたコラボレーションが可能となりました。
ロレアル社は企業文化のシフトによって、デジタル化のサクセスストーリーを次々と積み重ねています。中でも、メイクアップ・ジーニアスというアプリは、顧客が製品購入前に、携帯電話のビデオカメラを利用して何百種類もの化粧品を試すことを可能にし、導入した2016年以来、累計ダウンロード数は2,000万に達しています。
リーダーが言葉や行動を通じて伝える基本的価値と、罰ではなく称賛を受ける社員の態度こそが、企業文化を形成するメッセージです。デジタル・トランスフォーメーションを成功させるために、企業はアジリティを求められますが、これには失敗を許容したり、環境の急激な変化に対しても周到に用心したり、外部のパートナーやアイデア、人材に対してオープンな姿勢をもつことも含みます。この3つの要素ですべてに対処できるわけでは決してありませんが、これらの原理に基づいた経営をしている企業は、デジタル・トランスフォーメーションを図るうえで幸先のよいスタートを切れるでしょう。
(最上部画像:Getty Images)
マリー・ヤング博士は全米産業審議会の人的資本に関する主席研究員で、デジタル・トランスフォーメーションが人的資本に与える影響、ビッグデータおよび人的資本分析、戦略的人員計画の研究に注力しています。
※本記事で示した見解は著者個人によるものです。